いつもと同じ朝だった。
鶏は外でうるさく鳴いているし小鳥がちゅんちゅん唄うこえも猫の鳴き声もぜんぶいつも通り。問題なし。
「なのに、」
開け放った窓から見える空を憎憎しげに睨み付けてうなる。つまりは全てはこいつが悪い。この、窓とはまったく逆の方向に居る、あたしの後ろの、そこのおまえ。
「ん、なに、これ、いや?」
あたしの視線に気づいたのかペットボトルのふちから口を離したそいつは言った。わざと一言一言区切って困ったように笑う様がまたムカつく。
「いや。ちょういや。ほんと、いや」
嫌を連発して精一杯否定するとまた、今度は声に出してあいつは笑いやがった。マジムカつく。
「まじむかつく。一体かってに何してんの。あたしに何の了解もなしにそんなことしていいと思ってんの?ばっかじゃない。だいっきらいあんたなんかだいっきらい」
一気に言い切ると白いシーツの上から滑り降りてあいつの側に行った。冷蔵庫のとなりでペットボトルのおっきいのから遠慮もなくがぶがぶ水を飲んでるばかでだいっきらいなあいつのところ。つまりはあたしのこういう一連の行動をあいつは読んでるわけだ。だからそんな余裕かましてられるんだ。ほんとムカつく。


「見せてよ」
「いやでしかもだいっきらいなんじゃなかったの?」
うっさい。そういって背中に回ると、ほら、やっぱり。
「・・・・」
「・・・だから、一番最初に見ないほうがいいって言ったろ、トア」
「うっさい・・・痛くなかったの?」
す、とそれをなぞりながら聞くとなんでもないような声で「死ぬほど痛かった」。
「ばかじゃない」
「慰めてくれないの・・・っ?!」
あまりにも馬鹿みたいなことを言うのでつめを立ててやったら想像以上に痛かったらしく床で悶える変態Y氏。
「ヨクさんはこんなことして痛かったでしょうダイジョウブ?」
「うん、おれマゾだからね、痛気持ちよかった」
次こそほんとに本気で殴ると今度は手首をゆるく受け止められた。くそったれ。
「なんのつもり」
「や、今本気だったろ、痛いじゃん」
「痛いのお好きなんじゃなかったっけ」
「うん、やっぱおれ、サドかも。トアのその顔すき」
ぎゅっと力の込められた手首が熱い。「っ・・・ったい!」大声で声を上げて腕を振り回しても解けない。顔が歪むのがわかって、ああきっと痣になってるだろうな、と感じた。思ったのではなく感じた。
「っとごめん、やっぱおれ、マゾだわ。痛くされるほうが好きかも」
「おまえの性癖なんかどうでもいいから。あざになった」
あ、ほんとだ、おれとおそろいだな、とヨクは笑った。
「うわ、それ最悪」
「あとで包帯持ってきてあげる」


おそろいなら、もっともっと強くつけてよ。あとが一生消えないくらい強く。その、いやみったらしい背中につけた翼みたいにさ。そうおもってしまうあたしはこいつと同じように変態かもしれない。


「いやなやつ」
まるであたしへのあてつけみたいなそれはそのつもりでやったんなら大成功。気分は最悪。ペットボトルを奪い取って一気にあおると「あ、間接きす、トアかんせつきす」。
「でもさ、あれだよね、これってトアはおれと間接キスしたことになるけどおれはしたことにならないんだよね。おれもトアとしたいからかえしてよ」
「変態」
まったく変な屁理屈ばっかり達者なんだいつも。そのくせ大事ことはひとつだって言ってくれない。今回のこともそう。行動が読めない。いつもそう。いつかどっかに飛んでいってしまいそうな感覚にぞっとする。
「トアが最初にしたんだろ」
「残念、もう全部飲んだ」
かこん、とゴミ箱にペットボトルを放ると見事に入った。うん、お見事。
「トア、おれは、おまえのものだよ。これはちょっと憧れてみただけ」
シーツにうずくまったあたしをまたかき回すことを言うこのばか。あの馬鹿が全部いけない。ほっとして泣きたくなってしまうのもぜんぶ。
「・・・やなやつ」
真っ白に顔を押し付けてこぼす。あいつはもがく振りをしてほんきでもがいてるあたしを楽しそうに上から見下ろしてるようなさいあくなやつだ。
さいあくなやつ。
だからほんとの翼を隠して欲しがる振りをするのもおそらく。だけどあたしがもがくのをやめないのもきっとあんたがずっと側で演技してくれるってわかってるから。