「簡単なことだ」
誰かが脳に直接届けるように囁く。
「とても簡単なこと」
夢は赤で染まっていて現実はひどく色褪せている。
とても簡単なこと。
「とても簡単で、きっとお前も気に入るよ」
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ずきん、と鈍い痛みが頭に走ったのに顔をしかめつつミオは瞼を開けた。
苦しい。息ができない。
「おも・・・」
何か首に乗ってるというのは認識できるがそれを確認するのが面倒くさくて天井にある染みをじっと睨んでみる。ぼやけた視界が矯正される事はなく、ぼんやりと白におちた黒と赤の汚れをみる。あれは昔、片割れがいたずらに描いたものだ。
(あー・・・・だるい)
胸の中で小さく悪態をつきつつ身体を起こすとずる、と首元から何かが滑り落ちた。
「・・・・うー・・」
腕?ぐらぐらする思考に不快感を覚えたまま腕をだどって持ち主を確かめると案の定。
「なんで此処で寝てんだよ・・・」
一瞬眉が寄るもまあいつものことかととりあえずにそのままにしたまま枕元に置いてある眼鏡をかけて綺麗に揃えられた前髪を掻き揚げた。なんだか、嫌な、夢を見た気がする。腕が乗ってたせいか首が酷く痛んで、首元に手をやると解けていた包帯がするりとベッドに落ちた。
そのままもう一度ぐるりと部屋を見回してみる。白い壁に白いベッド。白い棚。びっくりするのは棚の多さとそれに詰め込まれてる本の量。逆にそれ以外には何もなくて、ひどく・・・すっきりしている。悪く言えば殺風景。ふと天井に目を向けてみると染みではなくしっかり赤と黒で描いた落書きが目に入って、ちいさくおはようと呟いた。
(あたま・・・いたい・・・)
夢見が悪い朝には決まって引きずる偏頭痛に眉をひそめてため息をついて、そこでふと気になって隣に目を向けた。
自分と同じ顔がすうすうと若干眉を潜めながら寝ていて、もう一度ため息をつく。
やっぱり、な・・・。
なんとなくどんな夢をみているのか気づきながら、同じ顔がわずかに歪むのをぼんやり見つめる。頭痛がある間はひどく思考がぼんやりする。気持ち悪い、という感覚がじんわり脳を支配しているような。
「う・・・ん・・・・」
見つめていた対象が小さく呻いた瞬間、ツーと目尻から涙が一滴、綺麗な頬を滑り落ちた。
「レオ?」
「い・・・いや・・だ・・」
「レオ」
呼びかけてもいやいやをする片割れのぬれた頬を拭ってぺちぺちと小さく叩く。
「レオ起きろ。もう、朝」
「う・・ん・・・」
「れーお」
「ん・・・みお・・・?」
睫が震えて瞼がゆっくり開かれるとぼんやりした顔でレオは呟いた。
「何で俺の部屋で寝てんの」
「なんか、すっごい、嫌なゆめ、みた」
ミオの問いには答えず放心したようにぼーっと天井を見つめながらレオは呟いた。
聞いてないし。ミオは、はあとため息をつくと「俺も」と返してベッドから降りる。
そのままぺたぺたと白いフローリングの床を歩いて開けっ放しのドアにああまたこいつちゃんと閉めろっていってんのに、と思ってだけど今のタイミングで言うと閉めるなら一緒に寝ていいっていうこととかへりくつをこねだしそうな気がして
「あー・・・」
結局注意するのはあきらめて代わりに意味のない言葉がもれた。